体験メッセージ

過去に病気を患ったことのある方々からの
メッセージをご紹介いたします。

Aさん 男性(30歳)

寝る間もないくらい毎日難しい仕事ばかりが続いていた時期は、ある意味充実していたように感じられます。ただそのプロジェクトが一段落したとたんに、緊張の糸がぷつりと切れてしまって、朝起きることができなくなったことがありました。また夜になると、「自分の人生はこのままでよいのだろうか」や、「会社にとって自分は必要な人間なのだろうか」などネガティブな感情が出てきてしまい眠れることができない日も多くなってきました・・・。

わたしが精神科を受診したのはその頃です。すぐに「うつ病」と診断され、余計に落ち込んだことを記憶しています。
原因は過酷な仕事内容と厳しい上司の存在でした。

もともと高いプライドの持ち主であると同時に、明るいキャラクターで通っていたので、発症してもしばらくは周囲の人に気つかれないよう振舞っていたことも、病状を悪化させた要因だったのかもしれませんが、何とか感情はコントロールすることができていたので、会社に出社し仕事をすることはできていました。とにかく「自分の日常」に溶け込むように我慢することしかなかったのです。しかし、ある時以前と同じようなプロジェクトがはじまることが会社から告げられました。もちろんあの上司も一員です。その告知を聞いた瞬間に、周囲が驚くほど、今までの私が私では無くなったそうです。(自分自身はその時の態度は記憶しておらず、後から同僚に聞いた情報です。)

その日以来、会社には出社せず退職しました。その後は家族の協力のもと、医師や心理士あるいは支援してくださる方々に、ありのままの自分をさらけ出し、薬物療法・運動療法・食事療法、そしてデイケアでの認知行動療法など、素直に受け入れ(受け入れることしかなかった、と言ったほうが正しいかもしれません。)1日でも早く、この辛さと別れることを望んで過ごしていました。

1年経過した現在、完治とまでは言えませんが、あの辛さが遠くに感じられるようになりました。「誰かに頼る」「素直に受け入れる」ことができたことが、良い方向に導いてくれたと感じています。またそのことで、支援してくださった先生方への感謝があらためて生まれたのも事実です。

いまカウンセリング関係の仕事に就きたいと思いはじめています。同世代で同じ辛さを持った方々に少しでも力になれればと思ったからです。

Bさん 男性(49歳)

人を育てるのは、恋愛と仕事だ。だがその逆もある。もう15年以上前の話だが、同僚にとてもいい子がいた。社会にでて5年目、仕事も一通り覚え、それなりに1人でまかせられる子だった。いつもにこやかで何を頼んでも嫌な顔をせず一生懸命きちんとやってくれる。お客様にも外注先にも好かれる子だった。難点はモテるのに彼女がいないこと。人と深くつきあうのが苦手だったのだと思う。私は彼よりちょっと先輩。会社は2つ目。ステップアップのつもりで転職しても、期待通りでなく、酒の席で上司にクダを巻いていた。彼もそんな酒の席には来るのだが、酒は飲めず、ニコニコ参加している感じだった。

そんな彼がある日突然おかしくなってしまった。顔色がさえないな、と思っていたが、突然、無断欠勤。これまで風邪をひいても出社する欠勤0男。土日出勤も厭わないヤツだったので、無断欠勤は異常事態。上司が電話をしても声や話が変だという。心配して上司が家に行ってみると、真っ暗な部屋にやせこけて佇んでいたという。眠れない。食べたくない。よくわからない…。

そんな彼から日曜日に電話がかかってきた。休日に電話で話す関係ではなかったのでちょっと驚いたが、本当に驚いたのは、その内容。彼はいう。「みんなで仲良くやるって難しいのでしょうか」「仕事って何ですか」「しあわせって何ですか」等々。いきなりいわれてもどう答えればいいのかわからない話ばかりだった。今にして思えば、正解のないことに答えを求めて、思考の徘徊をして出られなくなっていたのだと思う。

その後どうなったかといえば、上司が両親に連絡をして、精神科に入院。半年ぐらいで退院したが、会社は退職し田舎に帰って療養することになった。風の便りによれば、現在は家の仕事を継ぎ、結婚もして子供にも恵まれているそうだ。

彼についてもうひとつ思い出すのは、退院し田舎に帰る前に、会社にあいさつに来た時の彼だ。彼と話していると、笑いながら涙を流すのだ。薬のせいもあったのだろう。でも私は、笑いながら涙をポロポロ流す人を初めて見た。自分でもどうしたんだろうといいながら彼は涙を拭っていた。私にはよくわからないが、話をすることで感情が開放されほとばしったのではないかと思う。だから今にして思えば、日曜日に電話がかかってきた時、戸惑わずにたくさん話を聞いてあげればよかったのだと思う。ただただ話を聞いてあげればよかったのだと思う。

横浜市 M.S 49歳

Cさん 女性(28歳)

4年ほど前に幻聴の症状が出るようになって(当時の私には幻聴という自覚が無かったのですが)、仕事ばかりでなく日常生活にも支障をきたすようになりました。同居していた両親と弟がそんな私を見かねて、緊急入院となったのです。

入院先の病院で統合失調症と診断され、薬での治療が始まりました。主治医の先生に言われたことなのですが、この病気の治療で重要なことは、医師の指示通りにきちんと服薬することなのです。

退院後に薬を飲むのを辞めてしまって症状が悪化してしまった人や、自分でもう大丈夫だと勝手に判断して再発してしまった人の症例を聞かされたので、3ヶ月後に退院した後も、きちんと先生の指示通りに定期的に服薬することをいまも心掛けています。

すぐに良くなる類いの病気ではないので、回復には根気がいると先生も言われていますが、先生や看護士さんのアドバイスに従って、家族に何でも相談するようにしたり、常にサポートしてもらうことで、徐々にですが調子が良くなってきました。希望を持っていれば、必ず良くなると信じています。

Silver Ribbon シルバーリボンは、知的・精神障害者の差別と偏見をなくすために、全世界共通で使われているシンボルマークです。